パパ、ありがとう。

f:id:eily:20190331140541j:plain

2019年3月26日(火)に、私の父が息をひきとりました。
享年68歳でした。
4日前の3月22日に、突然、危篤の連絡が入り、できる限り病院へ通いましたが、酸素マスクがないと呼吸ができないほどだったので、できる会話も限られていました。

娘である私と、私の妹のことは、自分で言うのもなんですが、かなり可愛がってくれました。
他人に弱みを決して見せず、いつも前向きに明るく振る舞ってくれていました。
そんな父も酸素マスク越しに「死にたくない」と、口にしました。
医師でもある父は、自分のからだのことを、誰よりもわかっていたのだと思います。

「パパががんばらなくちゃね」
「そうだよ!また、来るからね」

その会話を最後に、父は帰らぬ人となりました。

ただ、父の最期を看取ることができたこと、そして、父が苦しまずに、静かに眠っているかのように息をひきとったことは、悲しみの中の唯一の安らぎでした。
冷たくなった父の手を握りしめ、「パパ、ありがとう」と、何度も何度も、大きな声で伝えました。
看護師さん曰く、「耳」はからだの中で最後まで機能している、と言われているそうです。返事はなくてもきっと聴こえていますよ、と優しく声をかけてくれました。


無事に、身内だけのお通夜と葬儀、告別式が終えることができました。
気がつけば、蕾だった桜がいつの間にか、満開になっていました。


今回、「納棺の儀」というものを、はじめて体験しました。
映画「おくりびと」を見たことがある方はご存知かもしれませんが、「納棺の儀」は、故人の「旅支度」として、故人のからだを清潔にしたのち、お着替えとお化粧(ラストメイク)をするのと同時に、家族が故人にしっかりお別れをするための準備を整える儀式です。

自然なお化粧をすることで、まるで父が生き返っているような、そして、目はつむったままですが、少し微笑んでいるような、そんな風に見えました。

 

次の日の早朝、私は、夢と想像のあいだを彷徨っていました。
私が、何度も何度も「パパ、ありがとう」と言っても、酸素マスクをした父は目を閉じて眠ったままだったのですが、しばらくすると、ゆっくりと目をあけて、私の方へ顔を向け、私は驚きます。
そして、父が私の目をしっかり見つめて、ゆっくり「うん、うん」と、首をうなずかせるのです。
私は、涙が止まりませんでした。


亡くなっていく人が、最後にどう思っているかは、誰にもわかりません。
それを決めるのは、その亡くなっていく人の前にいる自分自身なんだと、強く感じました。


棺には、父の好きだった曲の歌詞の一部と、私からの手紙を入れ、お通夜の後と葬儀の後の食事の時間には、父の好きだったであろう曲をまとめたプレイリストを流しました。
私にできることは、たったそれだけでした。


私にとって、今年の桜は、今までで一番、特別です。
そして、これからの桜の季節は、ずっとずっと、特別です。

 

まだこれからもバタバタするとは思いますが、少しひと段落したので、このような形でお知らせさせていただきました。
また、一部の方には、ご心配・ご迷惑をおかけしましたが、おかげさまでなにひとつ滞ることなく、父を送り出すことができました。
どうもありがとうございました。


いろんな人の想いがある世界で、
答えのない世界で、
生きるとはどういうことか、
死ぬとはどういうことか。